ご結婚おめでとうございます!

利用者さんとスタッフが協力し、ビー玉でカラーリングする“ビー玉アート”。想像もしない方向にビー玉が転がることで、ビー玉につけた絵具のラインが思いもしない表現で私たちの目を楽しませてくれます。

いつもはポストカードやキャンバス地の作品として制作しますが、お姉さまが結婚されるという利用者さんから「ウェルカムボード」のプレゼントです。色、デザインを皆で考えながら制作しました。

式はまもなく。当日は出席の皆さまを温かく迎えてくれることでしょう。(Z)

能登半島地震 被災地支援へ

阪神大震災から29年となったこの日、能登半島地震の被災地支援にスタッフ2名を派遣することとなりました。

障害者、高齢者、妊婦さんとそのご家族ら約250人が避難する1.5次避難所で夜勤シフトに入ります。昨日厚労省から連絡があり、急きょ金沢へ向かうこととなりました。

ホテルや旅館といった2次避難所に移動するまでの中継地点としての避難所とのこと。派遣するスタッフが求められる役割を果たして帰阪することを期待します。

そして、“仕事=福祉制度で定められた支援”と考えがちな昨今、福祉を職業とする上の原点となる“支援”とは何か。そのことへの思索を深めてもらえればと思います。(Z)

阪神大震災29年

明日1月17日、阪神大震災から29年…そして元旦の能登半島地震を受けての29年…

南海トラフ巨大地震の前兆との指摘があり、発生時期が定かではないとは言え、警戒感は自然に強まります。

制度上、BCP計画の策定が義務付けられました。しかし、建物が倒壊するのか否か、発生時間は? 津波はあるのか、様々な条件を考えると、重い障害を持った方々の支援をどのように継続すればいいのか、現実的な計画作成には頭を抱えてしまいます。

そもそもスタッフは、支援者たりえるのかどうか…

阪神大震災を神戸で体験し、東日本大震災では被災地の障害者支援のため何度も足を運びました。現地の方々を間近に見て、常に感じたのは、地震という誰しもが被災者となる状況下において、支援者と被支援者を分けるものは何なのだろうか…ということ。

仮にそれが個々人のハートに宿るエネルギーの多寡が条件なのだとすれば、今この時点で支援者は既に決まっていると言えるのかも知れません。しかしBCP計画にその条件を可視化することはできません。ただただ“期待”するのみ…。

自身にそのエネルギーはあるのか。スタッフ自身が自らに問いかけるべき、29年となるこの日です。(Z)

「偲ぶ会」

先日急逝された利用者さんを悼む「偲ぶ会」が1月14日に開催されました。

“悼む”とは「人の死を嘆き、悲しむ」とありますが、当日は多くの方が足をはこび、会場は人であふれ、時に涙、時に笑顔の会となりました。多くの利用者さんが支援学校高等部を卒業後に通所されるのに対し、この利用者さんは小学校、中学校は地域の普通校に通い、中学を卒業後すぐに通所をスタートされました。そのためか、福祉・医療の関係者だけでなく、たくさんの“ママ友”も来られていました。

思い出のムービー、献花の花束をスタッフたちが準備しましたが、スタッフ自身がその会場の“熱気”に驚くばかりです。地域のつながりとは、福祉の場面でよく言われることではありますが、実際にその“証拠”を目にして、その大切さ、その力強さを利用者さんにあらためて教えられた偲ぶ会でした…(Z)

2024年が始まりました。

報道の通り、“あけましておめでとうございます”という言葉が憚られるほどに様々なことが起きています。

特に東日本大震災では被災地の重症心身障害者の支援をとスタッフを派遣した私たちにとって、北陸・能登の惨状に胸をしめつけられるような思いです。道路が寸断され、被災地へのアクセスもままならず、ニュースで状況を知るにつけもどかしさでいっぱいとなります。なにかお手伝いできることはないだろうかといまだ情報収集に努めている段階です。

一方、新年早々、ドイツから新しいボランティアの受け入れが始まりました。5日来日したマルテ君は古城で有名なハイデルベルグ出身。昨夏からイスラエルでボランティア活動を行っていましたが、ガザ紛争のため帰国。あらためて日本での活動を希望し、当方で今年8月までボランティア活動を行うこととなりました。ついこの間までは高校生だったという18歳。活躍を期待しています。(Z)