「彼は早稲田で死んだ」

本を読んでいても息苦しい時間が続きます。「一年前の今日の何と暗かったことか。この一年間の自己を振り返ると、とめどもなく自己嫌悪と絶望がふきだしてきます。」(森恒夫)という言葉が私の頭の中を侵食していきます。

当時暴力に絡めとられた学生たちの多くは、今のキャンパスに足を踏み入れているとすれば、いわゆる“Z世代”の学生となっていたに違いありません。では、あの暴力はただ時代の空気がそうさせたものだけだったのでしょうか。

“酒鬼薔薇事件”では革マルは「権力謀略論」を主張するなどしましたが、記者としてこの事件を取材していた私は本気なのか?それで革命が?と思わずにはいられませんでした。これがあの暴力の行先?

しかし、異常とも思えるその“熱”は、暴力や組織論といった思想によって生み出されるものだとしたら、もう私たちは再びその熱を生み出すことができないのだとしたら。

ひたすら混ざりけのないものを求めること、純化させていく行為は人を傷つけ、他者への無関心を醸成します。それでも真剣に自らを沈めていくことを止めてしまうことに、ただ時間を浪費する人生に悲しみを感じてしまうこともまた事実なのです。(Z)

デーセンター機関車、デーセンター音・onの単独事業所化

これまで、デーセンターモモの家(福島区)の従たる事業所だった「デーセンター機関車」(都島区)と「デーセンター音・on」(港区)を5月から単独事業所化しました。これまで3施設で定員52名としていましたが、各施設とも定員20名です。

報酬単価を考慮しての判断ですが、いずれ行うべきことでもありました。各事業所がそれぞれの特徴をもって自律・自立的に運営を行っていく第一歩です。ところが、ひとつ不安が…。行政による監査・実地指導の回数は確実に倍となることです。書類の確認、整備はいつも時間のかかる作業。その回数が倍になるとは…。

ただ、それはどの事業所も同じこと。日々の作業をしっかりこなすことを心がけ、時間を浪費せずに、逆に支援に当てる時間を充実させることをあらためて自覚したいと思います。(Z)

能登半島地震 派遣スタッフについて

今年元旦に発生した能登半島地震。1月17日から被災地へのスタッフ派遣を始め、この間、約4ケ月超、のべ130人を派遣し続けました。

派遣先は、金沢市内にあるいしかわ運動総合公園にある1.5次避難所です。1.5次避難所は、被災地の公民館や学校といった1次避難所から、仮設住宅や旅館、親戚宅といった2次避難所へ避難する方々の一時的な滞在場所として整備されました。スタッフからの派遣初日の報告には、自衛隊のヘリコプターが離発着を繰り返す様子が書かれ、多くの被災者が次々と収容され、派遣スタッフたちが右往左往する様に他のスタッフたちは息を飲みました。

現在はその被災者も数十人規模にまで減少しましたが、様々な理由で2次避難所への移動が困難な方々がおられ、阪神大震災や東日本大震災でも繰り返された課題が現出しています。

ただ、石川県が厚労省と交渉した結果、外部からの介護スタッフの受け入れは終了することとなり、私たちのスタッフも5月26日朝の派遣が最後となりました。

全国各地から派遣された方々と協力しながら被災者を支援した時間をどうスタッフたちが消化していくのか。単なる体験に終わらせるのではない、自身への問いかけ、実践が今後の課題となります。(Z)

ビー玉アート展示会 at あべのハルカス “打ち合わせ”

ビー玉アートの展示会を今秋開催の予定です。その打ち合わせを「あべのハルカス」で開催し、近鉄百貨店の担当者の方と時期や方法などについて意見交換を行いました。参加した利用者さん2名もやや緊張気味。しかし、私たちには初めての試みだけに説明にも力が入りました。

9月から約1ケ月間、百貨店内のギャラリーで行う予定ですが、作品制作に残された時間はわずか3ケ月。担当スタッフは急いで制作に取りかかりました!(Z)

ビー玉アート カレー屋の看板へ

なんと、カレー店の看板になりました!

ビー玉アートが!

西成区のカレー店「カリージョ」さんの看板に採用いただきました。スタッフが常連客だったのですが、ビー玉アートの話をしたところ、コンセプト、デザインを気に入ってくださり、見事!看板に採用されました。

カリージョ (Curryjo) – 松田町/カレー | 食べログ (tabelog.com)

デーセンター音・onの皆が協力して制作。先日無事に看板掛けとなりました。街中にこうした形で飾られるのは初めてのことです。ぜひカレーと共にビー玉アートを味わってもらえればと思います。(Z)

Curryjo(カリージョ) 西成区天下茶屋1‐9‐9 阪堺電車松田町駅から西へ53m

ドイツからのお客様~ijgd

楽しい時間を過ごすことができました。毎年、ドイツボランティアを派遣するNPO「ijgd」のスタッフが来日・来阪、当方と情報・意見交換、親交を深めました。

ドイツ→日本は問題はないのですが、課題は日本→ドイツの派遣が実現できるかどうか。募集、面接、フォローを担う団体が日本にはなく、また私たちのように日本語のできない外国人を受け入れる施設がドイツで見つかるかどうか…。政策的には移民に寛容なドイツですが、福祉ボランティアの受け入れに関しては日本のほうが受容性が高いように感じます。

現在、ドイツから福祉ボランティアで来日中の青年は約20名。そのうち2名が私たちと活動を共にしています。このプロジェクトは、ドイツの青年たちが異文化のなかで生活をするとともに平和を考える期間として、ドイツ家族省がサポートしているものです。先日は広島で原爆記念館を訪れ、語り部の話にも耳を傾けた彼ら。日本滞在も後半を迎え、一層の活躍を期待します。(Z)

ビー玉アート、海外へ

3人の方々が手にしているのは、利用者さんとスタッフが共同で作成したビー玉アートのコースター(布製)です。

先月、大阪市役所の1階ロビーで販売したものです。購入いただいたお客様がオーストラリアへの海外旅行でお友達にプレゼント、それぞれが手にして記念撮影した写真をわざわざ本日の販売に合わせて見せに来てくださいました。

皆の作品が海外の食卓で使われていると想像するのは実に愉快。制作の励みになります。ありがとうございました!(Z)

 

被災地支援1ケ月…

能登半島地震の被災地支援にスタッフを派遣して約1ケ月となりました。これまでに男女6人のスタッフが1.5次避難所とされる金沢市のスポーツセンターで被災者の支援に当たり、現在も継続中です。

日頃は重症心身障害者の方々の生活支援に従事するスタッフたちが、高齢者ら被災者への支援に関わることは、さまざまな意味で大きな経験となっています。次々と避難してくる被災者に生活歴等を十分に把握できないままに支援に入っていくことや日常を突然奪われた被災者への声掛けの難しさ、様々な場所、施設から駆け付けた全国の派遣職員の方々と協力して支援に当たることなどに戸惑いながらも大きな学びも得ているようです。

避難所では感染症が発生、まん延していますが、幸いスタッフは感染を免れています。勤務は8:00~20:00の日勤と、20:00~8:00の夜勤の2交代制。夜勤は途中2時間の休憩がありますが、これが連日となるとスタッフは疲労困憊です。しかし、当初は派遣職員の配置の調整などに手間取る場面があったようですが、次第に避難所の運営は軌道に乗り、日々交代する者同士の引き継ぎの方法、レベルも確かなものとなっているようで、スタッフたちは「皆さんの意識の高さに脱帽するしかない」と話しています。

とは言え、復興はこれからです。避難所の生活が続く被災者の方はまだおられます。まだしばらくは派遣を継続し、被災者の生活復興に少しでも役立てればと思います。(Z)

ご結婚おめでとうございます!

利用者さんとスタッフが協力し、ビー玉でカラーリングする“ビー玉アート”。想像もしない方向にビー玉が転がることで、ビー玉につけた絵具のラインが思いもしない表現で私たちの目を楽しませてくれます。

いつもはポストカードやキャンバス地の作品として制作しますが、お姉さまが結婚されるという利用者さんから「ウェルカムボード」のプレゼントです。色、デザインを皆で考えながら制作しました。

式はまもなく。当日は出席の皆さまを温かく迎えてくれることでしょう。(Z)

能登半島地震 被災地支援へ

阪神大震災から29年となったこの日、能登半島地震の被災地支援にスタッフ2名を派遣することとなりました。

障害者、高齢者、妊婦さんとそのご家族ら約250人が避難する1.5次避難所で夜勤シフトに入ります。昨日厚労省から連絡があり、急きょ金沢へ向かうこととなりました。

ホテルや旅館といった2次避難所に移動するまでの中継地点としての避難所とのこと。派遣するスタッフが求められる役割を果たして帰阪することを期待します。

そして、“仕事=福祉制度で定められた支援”と考えがちな昨今、福祉を職業とする上の原点となる“支援”とは何か。そのことへの思索を深めてもらえればと思います。(Z)