あの日から31年。また阪神大震災発生の1月17日がめぐってきました。
ついこの間のように思える出来事が、若いスタッフたちが生まれる前のことだとはにわかには信じられません。しかし、東日本大震災、能登半島地震と私たちが被災地支援としてスタッフを送り出す、そもそもの原点は阪神大震災にあります。
当時、全国各地からボランティアたちが支援に駆け付け、“ボランティア元年”と言われ、「特定非営利活動法」(NPO法)が震災から3年後の1998年に成立。その3年後の2001年、無認可作業所だった私たちは「NPO法人W・I・N・G-路をはこぶ」を設立し、法人格を取得することとなりました。
被災地に行けば、命の大切さを理解することは容易です。誰しも“備えなきゃ”と思います。しかし、それは“被災者”としての視点。私たちが法人格を取得した真の意味は、“支援者”となるためです。もちろん、それは自然災害の時だけではありません。朝夕の送迎、昼食の介助、トイレに行くこと、外出すること…どれもが重い障害を持った方々の支援が私たちの“仕事”です。そのなかの一つに自然災害時の支援があります。
大規模災害時、すべての人々が被災者となります。しかし、重い障害を持った方々が第三者による支援を必要とした際、それに応えることができるのは、日常生活を知り、彼らを知り、日常的に支援を担う私たちです。
私たちは被災者であり、かつ支援者となれるのか。
家族は大丈夫!自宅は大丈夫!しかし、支援に駆け付けようと思えば、自身の家族にも理解してもらう必要があります。そしてその支援が災害緊急時にとどまらない、限らないことに気づくこととなります。
平常時の支援が賃金労働だとすれば、災害時の支援は何なのか。それは両立しえるのか。賃金労働に耐えうる収入が法人にない災害時の支援は個人の意志のみに頼るのか。では、何のための法人格取得だったのか。私たちは支援に線引きをするために法人格を取得したのでしょうか…
支援者になり得る自分たちでありたい。その備えの気持ちをあらたにしたい1月17日。(Z)


デーセンター夢飛行に新しいリフト3台が設置されました!リフトを導入して10年超が経過し、リモコンの断線やバッテリーの劣化が目立っていました。




